毎年三月の頭に野外宴会仲間の石渡君からメールが送られてくる。
「けんこーさん、今年の昼時と引き潮が重なるのは二十九日なので、その土曜日でいつもの桜の下を押さえていいですかね?」
花見のお誘いなのだ。潮汐に合わせて日取りを決めるのは、春は干満の差が大きいうえに、日中に三~四時間、潮が引くためだ。引き潮の時間帯に存分に潮干狩りを楽しんでから花見に突入する。小さい熊手とバケツを持って砂の中を丁寧に探る。浜辺が混雑するゴールデンウィーク前だから、まだまだ充分なアサリが獲れる。二時間もするとアサリでいっぱいのバケツは相当な重さになる。
「大人げない」
という誉め言葉を頂きながら、夢中になってアサリとマテ貝を集める。服はすっかり砂と海水でびしょびしょ。
石渡君が事前に押さえた場所には酒屋が配達してくれた生ビールサーバーとガス、10リットルの生ビール樽が三つ、たっぷりの食材を焼き上げる煌々と熾きた炭、そして黒光りしたダッチオーブンが揃えてある。春とはいえ、風が吹くと寒いこの季節、ダッチオーブンで作るアツアツ料理は大人気。
タンドゥーリペーストとヨーグルトに一晩漬けこんでおいた中抜きの丸鶏を、カットせずにそのまま焼き上げる。『辛口丸ごとタンドゥーリチキン』は、仕上げにレモンをたっぷり絞って掛ける。添えたジャガイモはもちろんのこと、その肉にしみ込んだターメリックやクミンの香りが肉汁ととも口の中に流れ出してくる。
ぷりぷりした歯応えが楽しい粗挽きフランク。ダッチオーブンのお湯で温めてから七輪の強火で表面をカリカリに焼き上げる。吹き出す熱い脂にやけど注意の危なくも旨い一品だ。万が一にもかじりついたフランクから脂が噴き出たときは、すかさず生ビールで舌を冷ます。
セージやバジル、ガーリックの香りが香ばしいハーブソーセージ、ビール好きには欠かせないチョリソーソーセージなど、いろんな種類のソーセージを湯で温めた『ソーセージ盛り合わせ食べ放題』は、マイユの種入りマスタードを添えて。
大振りにカットした大根をじっくり出汁で炊いた、『柔らかふろふき大根の自家製ネギ味噌和え』。自家製ネギ味噌はネギ多過ぎじゃないの!というくらいネギのみじん切りを多めに配分。豆板醤、梅干しの身をたたいたペースト、おかかを混ぜ合わせる。湯気のたつふろふき大根にどさりとネギ味噌をのせて。ほっくりと炊き上がった透明な大根を「はっふはっふ」と頂く。
この潮干狩りと花見の組み合わせはもう十年以上も続いている恒例行事。だからこの日、五十人分の料理を作り上げたダッチオーブンも、その分だけ年を重ねていることになる。