社会人一年目はダイビングカメラも扱うカメラアクセサリーメーカーに勤務していた。会社の経費でダイビングライセンスを取らせてもらえる幸運に恵まれ、週末ごとに海沿いのダイビングショップへ足を運び、水中カメラの作動テストやサンプル用の水中写真を楽しんでいた。
同じショップで顔を合わせる連中に、ダイビングだけでなく釣りやバーベキュー、カヤックもやるというグループ「ゆの会」がいた。午前と午後にタンク一本ずつのダイビングを終えると、ショップ横の防波堤で魚を釣り、夜は近所に泊まって自炊宴会をするという。翌週、早速合流させてもらい、ダイビング、釣り、買い出し、宴会準備と進んで、さてさて、夜の大宴会の始まり始まり。
30人近い大人数で宿は大騒ぎ。鮮度の良い地元の鯵の刻んだ身、ネギ、生姜、味噌を和えて作った鯵たたき、たたきをホイルで包んで焼いた鯵のナメロウ、好き勝手に選んだ具をどんどん入れる五目鍋で、ぐいぐいとビールや日本酒を飲み続ける。
翌朝もダイビングをするつもりでタンクを予約しておいたが、酒に溺れて記憶の無いまま寝てしまったようだ。目が覚めると長椅子で寝不足とひどい二日酔い。
「オレ、今日のタンク、キャンセルね」
「あ、オレのも要らないって言っておいて」
と数人がその日のダイビングを諦めたところ
「フネで沖の無人島にでも行ってみる?」
と東さんが誘いをかけた。
このダイビングショップはまだカヤックを現在ほど海上で見かけないころから数艇所持していて、この日に集まった連中のうち、何人かはショップで購入したカヤックを持ち舟として預けている。真っ赤なシットオンタイプのタンデムカヤックを一艇、ツアー用に荷物を満載できるホワイトとグリーンのシングル艇を一艇ずつ倉庫から引っ張り出した。思ったよりも重いし、二日酔いにはとても応える作業だが、「無人島遊び」という胸の躍る響きにつられて頑張るうちに、汗をたっぷりとかき、酒も身体から抜けてきた。
地元の東さんが彼女を連れて自宅に戻り、バーベキューの用意をすると言うので一緒に車で向かう。東さんが出してきた持ち物は次の通り。
- 焚き付け用の着火マン
- 錆びた四角いバーベキュー用の網
- ペットボトルに入った醤油
- 小型のクーラーボックスに保冷剤と缶ビール
- 「青ヤス」と呼ばれる長さ1.5メートルの三又の手銛
ソーセージなどの焼きやすい食材を買いに行くのかと思ったら、そのままカヤックに積み込み開始。食べる分は獲ればいいと言う。
この日のメンバーはツッチー、オレ、東さんと、東さんの彼女のエリちゃん。東さんはカヤックも数年やっているし、エリちゃんはダイビング雑誌のライターでカヤックも上手い。シングル艇には東さん達がそれぞれ乗り込み、タンデム艇にはツッチーとオレが乗ることになった。「ゆの会」では、タンデム艇は「ラブボート」と呼ばれ、このフネに乗った二人はラブラブになれるという。いまはオトコ同士だが「そのうち、きっと」と胸の内で誓いを立てつつ、カヤック初体験のオレは前に乗り込んだ。
ベタ凪快晴で、船上から水底が見えるほどに海のコンディションがいい。水底が見えなくなると水が濃い青色に変わる。岩場沿いに沖へ漕ぎ出す。大きな入り江を離れると、今度は沖の鯨にそっくりの小島が徐々に近づいてくる。小島が目の前に現れ水深が浅くなり始めると、今度は水底ではなく丸い大きな岩が海底に点在しているのが見える。周囲500メートルもないこの島は半分が山、残りの半分はゴロタの浜だ。ゴロタ浜先端部にたどり着き、カヤックを初上陸の無人島に引き上げた。