「えー、それでは表彰式を始めたいと思いますが、恒例の乾杯から入りたいと思います。ではみなさん、お手元に缶ビールの用意はよろしいでしょうか。……では、世界の平和と魚突きという海洋民族文化のために、乾杯!」
場所は伊豆七島の某所2010年11月末。テーブルの上に手銛、シュノーケル、フィンの並んでいる会場が、日本全国から集まった50名ほどの魚突き師で賑わっている。毎年、競技者を公募して行われる魚突きのオープンコンペティション、日本スピアフィッシング協会主催のジャパンカップだ。
エアタンクなしで海に潜り、魚を手銛で突いて獲る「魚突き」という漁法。この大会のルールは二匹の魚の大きさの合計点で競われる。大きけりゃいいって訳じゃない。美味しい魚で、希少性があり、難易度が高い魚ほどポイント係数が高くなる。例えば真鯛は文句なしに旨いし、磯からエントリーする容易なポイントではなかなか出会えない。結構賢い魚で、手銛の射程範囲からぎりぎり外をゆっくりと回遊するくせに、好奇心が強いから周りをちょろちょろする悩ましいやつなのだ。真鯛の係数は1.1なので50センチの真鯛を獲れば50掛ける1.1で55センチと計算される。
一方、淡い桃色の白身で甘みの深いヒラメは鮨屋でも大人気の高級ネタ。美味しさと希少性では群を抜いているものの、真っ白な砂底にぺたりと寝転んでいることが多く、見つけてしまえばこちらのもの。真上から押さえつけるように手銛を頭の少し後ろに打ち込めばいい。だから、同じ50センチでもヒラメの係数は0.6で、50センチに掛けて30センチと計算される。
大きな拍手とともに優勝カップの授与が終わると、会場横の自由に使える大きな厨房で調理が始まる。さあ、魚で肴だ。獲るのも参加者、調理するのも参加者。鱗を取り、内臓を抜き出す。腹の中に薄黄色の卵や乳白色の白子、おおきな肝臓があればラッキーだ。後でさっと煮つけてつまむために日本酒に漬けて臭みを抜いておこう。
七輪の炭火で石鯛のたたき
- 厨房の外で七輪にたっぷりの炭を熾し、強火にしておく。
- 腹骨を削ぎ切った半身の石鯛に金串を数本打つ。
- 表面に粗塩を充分に振りかけて、七輪で皮目を焼く。
- 皮目はしっかりと、反対側の身のほうはさっと炙り焼きに。
- 串を抜いて粗熱が冷めたら5ミリ幅の厚切りにする。
火が通ると石鯛の厚い皮下の脂が溶け出し、香ばしい皮と甘みの増した身を一口で一度に楽しめる。ポン酢に和えた小口切りの細ネギと一緒に食べると、これまた、格別。
アカハタの蒸し焼き
鱗と内臓を処理したアカハタは、頭にも身がたっぷりついているので、丸ごと使う。
- 火が均一に通るように身の厚い部分に切れ目を入れる。
- 腹の中も忘れずにまんべんなく全体に塩を振る。
- 蒸し器に五センチの長さに切ったネギを数本おいてアカハタを載せる。
- 強火で一気に30分蒸す。目玉が浮き出て、切れ目を入れた部分が真っ白になれば頃合い。
- アカハタを皿に移して醤油に漬けておいた千切り生姜を散らす。
- フライパンでアツアツに熱した胡麻油を生姜の上からかけて、花椒(ホウジャオ:香りの強い四川料理に使われる山椒)の効いたラー油を仕上げに落とす。
蒸し焼きにしたアカハタの身は肌理が細かいのでほろりと剥がれる。魚の汁をたっぷり吸って、甘く柔らかく炊き上がった長ネギと一緒に頂く。
フエダイやヒラメ、カンパチのしゃぶしゃぶ、カワハギやメバルの天ぷら、いろんな魚のあらの煮付けなどが次々とテーブルに並ぶ。当日の獲物自慢や、どこでどんな大物を見たと話は尽きず、自分で獲って自分で作った肴を存分に楽しみながら夜が更けるまで宴会が続く。
全国の魚突き師と出会って「潜って獲って食う」魚突きが遊びの中心になったのは1995年の無人島での出来事だった。
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